「……どこ、だっけ……」
 魔術も教える『学校』だけあって、関連書はもちろん、他分野の取り揃えも豊富な図書室。
 そのおかげで、目的の物をなかなか見つけられないこともある。……なんていうのは、贅沢な悩みなのかな?
 本当にどこ──っ!
「ご、ごめんなさい……」
 危なかった。ぶつかるところだった。
「テナンタス!?」
 棚を曲がろうとして、出現した影。反射的に足を止めれた僕としては、むしろぶつからなかったことに拍手を送りたい。……のだけれども、相手がいじわる同級生と知ってそんな気持ちは飛んでいく。最近は何も言われなかったのに……さすがにこの場所で、掃除当番かわれはないと思うけど……嫌だな、何を言われるんだろう。
「おっ、お前、何しに来たんだよ」
「……魔物の本を、探しに……」
 気持ちが沈んでいく僕とは裏腹に、衝突寸前で冷静さを欠いているのか、同級生の声はどこかうわずっていた。
「魔物っ!?」
 び、びっくりした……。そんなに驚かなくても……僕、そんなにおかしなこと言ったかな?
 思いがけない大声に反応した、潜め声。室内のいろんなところから視線が集まってくる。……うぅ、変な注目嫌だよぉ……。
「……こ、今度はウソっぱちで点数稼ぎかよ。お前みたいな奴、何したってムダなんだよ!」
 罵倒にびくりと体が震えた。うそなんて……そんなこと言われても……違うのに。
 同級生も、聞こえてくるざわざわ声に気づいてたみたい。周囲に視線を動かし、まるで捨て台詞のような発言を残して足早に去っていった。
 よかった……のかな?よくない気もするけど、悪かったのかすらわからない。
「……っ!」
 とりあえずほっとして。何気なく棚に触れた途端、指先に走った痛み。反射的に引っ込めてもあとの祭り。うぅ、ズキズキする。
「はぁ……」
 書庫の掃除中、表紙の埃をろくに払わず気になった本を読んだのがいけなかったのか、はたまたジークさんにつれられた森で転びすぎたのか、触った草で被れてしまったのか。原因はいまひとつわからない。
 いつの間にかできてしまったこの悩みの種は、すぐに忘れて物に触って、痛んで思い出す……を繰り返してばかり。早く治らないかなぁ……。
「──よ、うるせぇな」
「マジで迷惑だよなぁ、ああいうの」
 増えるため息、耳に触れたヒソヒソ話でまたヘコむ。……僕も早く立ち去りたい。もう今度にしようかな。
 わざとやってるのか、一応潜めてるつもりなのかはわからない。ただ、周りが静けさを取り戻しつつあるおかげでこっちまで聞こえてきちゃう。
「あっ、あいつだよ。噂の奴」
「は?何言ってんだよ、あれ女子じゃん」
「違う違う、あれ男」
「マジかよ!?詐欺じゃん、詐欺」
 たぶん、じゃなくてほぼ確実に。話題の対象って、僕だよね?
 みんなしてひどい。うそも詐欺もしてない。騙してるんじゃなくて、そっちが勘違いしてるのに……。
 ……それにしても、噂って何だろう。
 実技テスト連続不合格者、とか?この間授業で薬品入ったビーカーを割っちゃって、危うく大惨事だったこと?放課後、掃除ばっかりしてるの見られてたり……もしかして、竜狩……じゃなくて、フィールドワークで大遅刻事件……?
 どうしよう、少し考えただけでも悪いことしか浮かばない!
「……見た目可愛い系なのになぁ……」
「だから男だって」
 どうしよう……気になって立ち去れない。本探しどころじゃないよ。
「──ちゃん、アーちゃん」
「うわっ!?」
 ……なんて意識をよそに飛ばしてたら、いつの間にか目の前に人がいた。……全然気づかなかった、びっくりした……。
「アーちゃん、図書室ではお静かに。だよ?」
「ごめんなさい……」
 そして早速怒られました。マル。本当にごめんなさい……。
 にこりと笑って許してくれた相手、メリッサは今度はこてんと首を傾げる。
「手、気になるの?」
「……えっ?」
 あっ……。
 そう言われて、僕は手を広げたまま固まっていた事を思い出す。そうじゃないよ。気になってるのは手荒れじゃなくて、あの人たちの会話です。……なんて言えない。盗み聞きに夢中だったなんて、とても胸を張れない。
「……メリッサは何の本を探しに来たの?」
 なので、誤魔化す。ちょっと強引に話題を変えてみた。
「えっ?ううん。本じゃなくて、アーちゃんを探してたの。教室に残ってたラル君がここにいるって、教えてくれたから」
「僕?」
 よかった。何とか怪しまれずに逸らせたみたい。だけど、なんで僕?……う〜ん、頭の?マークが増えちゃった。
「今度はメリッサ嬢と話してるぞ、あいつ」
「なんて羨ましい」
 そのひとつ、かつ筆頭。彼らの話し声がすっごく気になる。特に噂の内容がとんでもなく気になる。
 嫌なものでも何でもいいから、続きを話してくれたりしないかなぁ?
「アーちゃんは何を探してるの?」
「え?えっと……」
 危ない。意識があっちこっちして、いろいろ集中できない。
「……魔物に関する本を……」
 魔物や竜狩りに同行して、僕にたりないのは──もちろん体力とか運動神経とか度胸とかたくさんあるけど──知識だと痛感した。
 そもそも敵わないのはわかってる。足元にも及んでない。
 ジークさんは『ナイフと外套でもあれば、まぁ最悪はねぇ』とか本気で言っちゃう人だ。
 危機回避能力もすさまじくって、僕よりよっぽど頑丈で逞しい。
 ……でも、もしも……。
 もしも対峙した相手の性質を、対応策を事前に知っていたら。たとえば、目の前にある草が薬になると知っていたら。もっともっとたくさんのことを知っていたら、ジークさんは危ない目に遭わなくて済むかもしれない。怪我をしなくて済むかもしれない。もしもまた冒険の機会があったら……これからが少しでも安全に、楽なものになるように……僕にできるのは、きっとそれくらいだから……。
「魔物の本って……あれとか?」
 いつの間にか1人考え込んでいた僕は、はたと我に返った。
「……あっ」
 真剣に話を聞いてくれていたメリッサが指した場所を見上げて、自然と声が洩れる。
 ……あった。探していた本。あんなところにあったんだ、随分探しても見つからないわけだよ。……高いよ、場所が……。
「ありがとう!」
「う、うん。どういたしまして」
 突然元気になった僕を見て驚くメリッサは、目を瞬いた。ごめんね、驚かせて。えっと、脚立はどこだろ?
「気をつけてね」
「うん」
 ……よし大丈夫、無事に辿り着いた。降りる時も注意しないと。これ、結構重いや。
「見た目、か弱い女子なのになぁ……」
「信じらんねぇよなぁ」
 本を取り出せてホッとしたら、不意にまた彼らの話し声が聞こえてきた。うわっ、気にしてる場合じゃないけど気になる……!
「「竜殺しのふたつ名持ってるなんて」」
 ……えっ?
「ちょっ、何そ──!?」
「アーちゃん!」
 とんでもない揃い声を耳にして。
 振り返ろうと試みたら、もう何が何だかわからなくなっていた。がくりと傾く視界、気づいた時には何故か本が宙を飛んでいて、何その恐ろしい名前は。詳しく聞かせてその話……一瞬で頭の中を満たしていた質問事項は、これまた一瞬で真っ白になった。
 悲鳴に似た叫び声が脳内に刺さってようやく……あっ、僕またやらかしたんだ。と察して。
 襲う痛みでやっと現状に追いついた思考、指が勝手に動いた。


 
 

「……本当に大丈夫?」
 一言でいえば、脚立から落ちた。
 その結果、手から離れた本と倒れた脚立の下敷きになって見事に大騒ぎ。にも関わらず、捻挫1つで済んでよかったと集まってきた人たちから口々に言われ、気になる噂を放置で逃げるように図書室をあとにして、現在。
「大丈夫。ごめん、ありがとう」
 挫いた足もメリッサが施してくれた治癒術のおかげで治って、今はもう全然元気だった。
「ううん。大怪我にならなくてよかったね」
 ……そこはちょっと自分を褒めたい。なんて思う。
 足を痛めた僕は、無意識に糸を作り出していた。向かった先は脚立と本。だから下敷きになったように見えて、実際は寸でのところで無事だった。
 こういう悪運って、大切だよね……?
「迷惑かけて本当にごめん」
 とはいえ、一緒にいたメリッサには本当に迷惑をかけちゃった。……やっぱりダメだなぁ、僕。
「アーちゃん……。……うん。じゃあ、大変だったお詫びにこれをもらって下さい」
 ヘコんで、しょげて。テンションと頭がセットになって下がっている僕の目の前に、スッと差し出された小さな瓶。……えっと……?
「もらってくれなきゃダメだよ?」
 唐突なプレゼント発言。なんでそうなったのかわからないけど、メリッサは念押ししてにっこりと笑う。
「あり、がとう……」
 気にしてないよって気遣いは、素直に嬉しい。もちろんプレゼントだって。……でも、戸惑ってもおかしくはないよね?
「どういたしまして。……気に入ってもらえるといいんだけど」
 瓶の中身は綺麗な蜂蜜色。
 ちょっとだけ悪戦苦闘して蓋を開けた瞬間、ふわりと優しい花の香りが迎えてくれた。
「いい匂いだね」
「肌荒れに効く軟膏なの。……アーちゃん、最近ずっと手を気にしてたから」
「えっ……」
 確かに、早く治らないかなぁって思ってた。自覚はある。でも……ずっと?メリッサが気にかけるほど、そんなに手ばっかり見てた?
 自分のことなのに、全然気づかなかった。
「ちょっとした傷にも使えるんだって。だから、手荒れが治っても邪魔にならない、と思う」
 傷にも……せっかくもらったのに、すぐ使い切っちゃいそう。ちょっともったいないな。悲しいかな、僕はよく転ぶから……。
「……もしかしたら、アーちゃんはもっといい物を持ってるかもしれないけど……」
「えっ?」
 なんでそう思ったの?……あっ、よく転んでるから?
「だって、竜を殺せるくら──」
「殺してない!」
 否定はメリッサを驚かせる程度に、言葉を見事ぶった斬るほどに気合いが入ってた。
 そりゃ遭遇はした……というか会いに行っちゃったり、戦いを挑んじゃったりはしたけれど。でも、むしろ殺されそうになったわけで……。それなのに、さっきの人たちといい、どうしてそんなことになったのさーっ!
「殺してない、の?」
「してない!!」
 無理無理無理無理。動きを止めるのがやっとだった。子供にすら負けそうだった。
 第一、僕は魔術すら使えないんだよ?どうやって相手にするんだよぉ。お願いだから変な噂を信じないでよぉ〜……。
 まずなんでそんな噂が立ってるの?竜に遭遇したってことは、先生とラルにしか話してないはずなのに……。
 ラルが話したとは思えない。うん、あちこち触れ回るような性格じゃない。でもそうなると、先生がってことに……えっ、そんなことってあるの?
「よかったぁ」
 口ではこれでもか!のきっぱり否定。頭ではグルグルと噂の発生源を考えていると、目の前の面持ちは何故か安堵に崩れた。
 えっ、と……?
「だってアーちゃん優しいから。そんなことできないよって思ったけど、みんなそう言うから……ちょっとだけ、信じちゃった」
 ごめんね?と小さな声。僕を映す瞳が申し訳なさそうに揺れる。
「……こっちこそ、ごめん」
「なんでアーちゃんが謝るの?」
 だってさ……。
 謝られる資格なんてない。噂だって、何言ってんだよって、魔術も使えないくせにそんなわけないって、一蹴されても全然おかしくない。
 でも、困ったように笑うメリッサの理由はそうじゃなかったから。
「僕……本当に弱いから」
 噂に負けないくらい、噂になるような強さを、ほんの少しだけでも持ってたらよかったのに……。
「大丈夫。私が守ってあげる」
 ……えっと、それは……うん。実際、戦闘力は上だよね。魔術すごいもん。対して僕は……女の子にこんなこと言われて、情けない……。
「だから何かあっても、アーちゃんの可愛さは敗れません!」
 ……うん?
「僕、男だよ?」
「知ってるよ?」
 ……だよね。そのはずだよね。
 こてんと首を傾けて。そののち、何も言えずにいる僕を眺めてふわりと笑う。
 ごめん。何が一体どうなってそうなったのか、僕にはわからない。……というか、きっと誰にもわからないと思う。
 でも、僕にも確信がある。
 任せておいて。と、自信たっぷりなメリッサの優しさこそ、誰にも負けないと思うよ。
 


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