1、2、3。1、2、3……。
 頭の中でリズムを取って。これまた頭の中で流れる音楽に合わせて足を動かす。
 1、2、3。1、2、ここでターン。……うん、いい調子。
 少しずつ楽しくなってきて、無音の空間に鳴り始める手拍子。
「……不気味なんだけど」
 1人きりだったはずの部屋で響いた声、パタリと音を立てた扉。驚いて顔を上げれば、数冊の本を机に置くラルの姿。
「あっ、おかえり」
 えっと……なんでいきなり呆れ顔?
 そもそも何か言われたような気が……聞き逃ちゃったし、呆れられる理由がわからないしで中途半端に止まった手拍子。糸で操っていた人形たちも一緒になって、あっ、倒れた。
「相変わらず器用だねって言ったの」
 ──ッ!?
 ちょっと待って、何かがおかしいと思います!
 まず痛いっ!褒めてもらえたのは嬉しいけど、なんでつねってるの!?何かよくわからないけど悪いのは僕でいいから、早く放してよ〜!!
「……うぅ、ひどいよラル……」
 やっと解放されて押さえたほっぺたは、ちょっぴり熱い。
 苦情と視線は無視されて。謎の行動を取った当の本人は、やることを終えたとばかりに椅子に座ると持ち帰ってきた書籍に手を伸ばす。
 ……あっ、もしかして……。
「ごめん。うるさい、よね」
 これから勉強を始めようというのに手拍子が、物音が横から聞こえてきたら当然邪魔になる。……うん、全然気づかなかった僕が悪い。
「単なる腹いせだから気にしなくていいよ」
 ……え?腹いせって、えっ……僕の過失……あれっ?
「別に、君の顔が酷かったから。でも全然構わないけど」
 そこは少し構ってよ!
 どんな顔してたのかわからないけど、たぶんきっと修正不可能だよ。……僕、どんな顔してたんだろう。
「口元に笑みを浮かべながら、それ睨んでるよね?っていわんばかりにじっと人形を見つめてる。しかも真剣な手拍子つき」
 一応意見を聞き入れて。自分のほっぺたをむにむにと触っていた手は、ラルの解説を耳にして自然と止まった。
 ……怖いよ。
 自分のことだけど、想像してみたら普通に怖い。直そう、ぜひ気をつけよう……頑張って。
「うん、決定」
 そうだね……異論ありません。だけど、1つだけ質問してもいいよね?
「ラル。何かあった?」
 一見ごく普通に読書風。目に見える形ではわかりづらいし、そもそも冷静という意味で普段からあまりテンションの高い方じゃないけど、今のラルはちょっと不機嫌。……な気がする。
「原因は君の顔」
「やつあたりされた僕には、聞く権利があると思います」
 さっきしっかり腹いせ宣言してたよね?……しかも事後。だったら少しくらい、粘ってみてもいいんじゃないかなって思う。
「……負けた」
「えっ?」
 大して興味なさげに。
「だから、今日の模擬戦で最下位になったの」
 しれっと涼しげな顔で、感情を滲ませない態度でページを1つ進めた。
「……えぇっ!?」
 そのおかげで一瞬戯れを疑ったけど「何その声?」という冷やかさは、うそをついてるようにも見えない。本当なんだ……。
 ラルを倒すなんて、班になった人たちすごい。
 1対1なら確実に。集団だったら真っ先に。……悲しいかな、泣きたくなる程度に負けの数を増やす僕と違って、ラルはエリート組だから。
「何その顔。もう1回抓ろうか?」
「いい。もう十分!」
 ラルなら本当にやりかねない。そんな答えが簡単に弾き出されて下がった途端、ベッドの縁に後頭部をぶつけた。…うぅ、結局痛い……。
「……君、本当に器用だよね」
「えっ?」
 鈍痛と戦っていたら、また聞き逃しを発生させてしまった。えっと、どうしよう……あっ、ため息つかれた。
「君を見てたら、ちょっとどうでもよくなってきた」
 え、何それ。ちょっと納得いかない。
「次始末すればいいよね。集団で僕を的にしたあのバカ共」
 ……えっ、何それ……。ちょっとどころじゃなくて、普通に怖い。
「よく……無事だったね」
 僕だったら絶対ズタボロになってる。
 そりゃあ、あくまでも実技テストの一環だから大怪我に繋がるような魔術は禁止。失格ありのルールもあるし、危なくなったら先生が止めるけど。
 攻撃されれば熱いし冷たいし、当たればやっぱり痛い。
「攻防全てあくまで全員で、っていうのにちょっと腹が立ってね。やりすぎた」
「……え?」
 やりすぎ……?えっ、ちょっと待って。負けたんじゃないの?
「大した怪我にはならかったけど、被害受けた別班には悪いことしたよ」
 え〜っと……。ラルは涼しい顔してるけど……ようするに、判定負けしたってことだよね?
 戦闘光景を想像した僕の顔は、きっと引きつってる。何が1番怖いって、勝負にほぼ勝ってるラルが怖いよ。
 ……けど、どうでもいいと言いつつ実はかなり悔しいんだろうな。だってよく見れば、今手にしている本は戦術書なんだもん。
「1回くらい大丈夫だよ……僕なんて負けてばっかりだし」
 言ってて悲しくなるけど、どうしようもない現実。それに比べたら、1回くらいどうってことないよ。
「胸張れないでしょ。それ……」
 ラルの指摘はグサリと刺さる。事実だから仕方ないけど、言われればやっぱり悲しい……励ましたつもりだったのに……。
 何故か結果テンション急降下。がっくりと現実に打ちひしがれてる僕の頭上から降ってきた、小さな笑い声。
「今度の団体模擬、僕と組む?次点にしてあげるよ」
 うわっ、とんでもないお誘いだ。
 僕の実力じゃ、2位を取ることもとんでもなく厳しい。だからそう言ってくれるラルの心遣いは、ふたつ返事で飛びつきたくもなる。けど、さ……。
「……ラルに倒されるのは……正直痛いと思う」
 降伏する間もなく、バタッと大変な目に遭いそうな……。きっと、じゃなくて絶対。容赦なんてしてもらえない。
「問題ないよ。君、見た目以上に頑丈だから」
 あるよ!?大ありだよ?大問題だよっ!
「手加減なんていらないでしょ」
 ……ラル。僕が防げないのわかってて言ってるよね?魔術が使えないのよく知ってるよね?手加減不要の評価は喜ばしいけど、あんまり嬉しくないからひと欠片の優しさが欲しいよ、僕……。
「さて、君を苛めて気が済んだしご飯行こうか?」
 ……このお誘いは優しさ、なのかなぁ。
「うん」
 謎ではあるけど、素直に頷く。あまり遅くなっちゃうと食堂混むし、糸を使う練習してたからお腹は空いた。
 いつの間にか消えていた糸を作り直す。
 人形、片づけなくちゃ。
 崩れ落ちたままだった人形たちは糸で繋がれて、立ち上がる。
『歩け』
 僕自身が動かしているんだから、本当は命令なんて必要ない。けれど、わざわざ頭の中で指示してから糸を操っていく。
 彼らは順調に歩き出し、引き出しの扉を開けた。
 あとは箱の中に入って終わり。
 ……なんだけど、今日はラルが見守ってくれているから、退場の礼を1つ。最後に自分たちで、内側から戸締まりを──しているように見せかける──という全ての動作を無事に終えると、自然と安堵の息がこぼれ落ちた。
「できてた、かな?」
「君自身よりよっぽど安心して見られたよ」
 ……。……どういう意味なのか、問いたい。ぜひとも聞きたい。でも言わない。だって……口を開いたら負けな気がする。
 うん、忘れよう。それよりご飯を──っ!?
「……で、君は歩き出した途端にそれ?」
「ご、ごめんなさい」
 痛くて恥ずかしくて情けない。
 自分で置いたはずのバッグに躓いて転倒する。という、ある意味特殊技能を見せつけた僕に降り注ぐ、まるでセットのようなため息と呆れ声。
「本当に器用だよね」
 あとからついてくる、楽しそうな笑い声。
 うぅ……ズタボロ……。
 上げられない、絶対に赤くなってる顔のかわりに目線を持ち上げれば、僕を見下ろすラルは本当に楽しそうだった。
 ごめんなさい、お願いだからこれ以上は言わないで下さい……こっちも本当に泣きたくなるから……。
「き……」
「き?」
「筋肉痛が、治ってない」
 どうにかこうにか体を起こして、言い訳と名のついた悪あがきを試みた。
「……そういうことにしておいてあげるよ」
 やった!ありがとう。
 でも、足が痛いのもうそじゃない。まだあの竜狩りで蓄積されたダメージが全回復しません。……マシにはなったけど。次の日なんかはさも当然のように眠りこけてたし。そのあとは見事に動けなかったし。……僕、本当によく帰ってこれたな。
 ジークさんとのとんでも体験を思い出して。1人感心しながら歩き出したら、今度は閉まりかけた扉に頭をぶつけた。
 ……一体どうやったら、人形みたいに普通に動けるんだろう……。


  
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