「拾って下さい」


 そいつは、部屋に入るなりそう言った。


 しかも侵入方法は窓から。
 まぁ、そこは敢えて何も言うまい。
 何故ならいつものことだから。だが、今日のこいつはいつもと違ってご丁寧に正座なんかしている。
 さすがにゲームをする手も止まるってもんだ。だから訳の分からない言葉を解する方が先決。
 何よりオレの平穏のために。
 オレは考えて、近くにあるコントローラーを渡してみた。
「誰がコントローラー拾えって言った!」
 すると聞こえたのは、スパ~ンッ!と景気のいい音。
 同時に気持ちがいいくらいに頭がふき飛んだ。いや、実際に飛んだら怖いけど。
「頭が悪くなったらどうしてくれる」
 ヒリヒリと痛む頭を押さえつつ、無駄だと思いつつも抵抗を試みるオレ。
「何言ってんの、もう十分バカでしょ?このゲームバカ」
 ほら、やっぱり無意味だった。
「……で?何だよ、拾って下さいって」
 これ以上おふざけに付き合うのも疲れる、基体が持たないのでオレは核心に迫ってみた。
「だからっ!あたしをここの家の子にしてちょーだい」
 悪い、聞いても全く意味が分からない。とりあえず分かるのは……
「無理だろ」
 ということだけ。
「大丈夫。あんたの嫁になれば一発解決」
 はぁっ!?
「冗談よ」
 声も出ないオレの驚きを、見下した視線が突き刺してきやがる。しかもご丁寧にため息つき。
 悪かったな、いや……というか笑えない冗談を言うお前が悪い。
「とにかくっ!家にいたくないの」
 あぁ、ようするに……
「また家出か」
 隣の家に家出とか手軽でいいなぁ。
「今度は違う。本気なんだから」
 そう言われても……どこがどう本気なのか分からないんだが?
 ……まぁ、いいか。
 こいつはこうやって、ことある毎にオレの部屋にのりこんでくる。
 親や友達とけんかしたり、悩みごとがあったり、その他諸々と……。
 だから慣れてるといえば慣れている訳で。
 それはこいつも同じで、今だって自分の部屋のようにくつろいでやがるし。
「だって、ひどいんだよ?1人暮らしさせてって言ったら即否定するんだもん。お前には無理だって」
 不機嫌顔を見せると勢いよくベッドに座って、早口にそう言うと今度は口を尖らせた。
 ひどいでしょ?と。
 いや……同意を求められても困るんだけど。
 どちらかと言うとオレもお前の親御さんに賛成だし。
 破天荒なこいつが1人暮らしとか、危なっかしくてしょうがないだろ。
「そんな遠い所に進学するのか?」
 進学するのは聞いてたけど、近くの大学だろうな~って思ってた。それがいきなり1人暮らしだなんておばさん達の心配はごもっともだ。
「……通えないこともない、けど……。あたし、頑張ってみたいんだ。夢、叶えたいから。でも、親と一緒じゃ甘えちゃいそうな気がして……さ」
 一言一言、噛みしめるように呟くそいつの目は、しっかり先を見ていて──。
「ふ~ん」
 なるほどな、こいつもちゃんと考えてる訳だ。
 普段の行動も無茶苦茶だけど、まぁ理由はあるし。
 と、電話が音を立てた。
「もしもし?」
 電話の向こう側から聞こえてきたのはこいつの母親で。
「……え?います、けど……」
 反射的にというか何というか、素直に質問に答えてしまって少し後悔した。
 案の定相手が分かったんだろうそいつは「言うなぁっ!」とか叫び声を上げている。
 つーかさ、そんだけ大声出したら『私はここにいます』って言ってるようなもんだと思うんだけど?
「あ~、はい。分かりました」
 確認したら気が済んだんだろう、おばさんは言伝を頼んで電話を切った。
「言うなって言った──」
「今日ハンバーグだってさ」
 立ち上がるなり拳を握りしめた凶暴な女を行動不能にする呪文を、オレは唱えた。
 効果は思った通りで、そいつは腕を振り上げた中途半端な格好で固まった。
 というか……ありがとう、おばさん。
 お陰でオレは怪我をせずに済みました。
「そ、そんなのに釣られないんだから」
 ちなみにおばさんの特製ハンバーグはこいつの大好物。
「大人しく戻れば?」
 ちょうどいい時間じゃねぇか、夕飯時だし。
「だからっ!あたしは家を出てきたの」
 勝気な言葉とは打って変わって目は泳いでる。
 分かりやすいなぁって思う。
 仕方ない奴……。
「もう1回話してこいよ。それで、どうしてもダメなら……協力してやらないこともない」
「本当っ!?」
 その言葉を聞くなりとんでもない速さでベッドから身を乗り出すと、顔を近づけてまじまじとオレを見つめた。
「約束、だからね?」
「お、おう」
 そんなに近づくな。
 上目づかいでオレを見るな。
 というか何を慌ててるんだオレは。

「仕方ないな、帰るとしますか」
 こうして、あいつは騒ぐだけ騒いで帰って行った。
 来た時と同じく、窓から。
「……全く。世話のかかる嫁、だな」
 全開に空いている窓を眺めながらオレは思わず呟いた。
 あいつにこの声は聞こえていないだろうが、それはそれでいいと思った。




 翌日。
「OKもらった~!!」
 と満面の笑みを浮かべながら、あいつはまた窓から侵入してきたのだった。




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