天気は晴れ。
 雲ひとつない青い空、今日も神の目はよく見える。
 『神の目』って何かって?
 それは僕もよく知らない。
 ただ、この世界にはずっと昔からあるもの。
 まるで誰かがこの世界を覗いているように、空には目のようなものが浮かんでいる。
 みんなは「神様が世界を見ている証拠だ」って言う。
 だからみんなは神の目って呼んでいる。
 そんなこと、本当はどうでもいいんだけどね。
 だって、こんなにいいお天気なんだ。
 早く友達と遊びに行かなくっちゃ。







 天気は雨。
 今日も、雨。でも神の目はよく見える。
 最近雨が多い。
 世界のどこかでは大洪水が起きるって大人達が言っていた。
 僕の住んでいるところでも、川の水が増えて大変らしい。
 学校も危ないから行くなって……つまらないな。
 早く雨止まないかな。







 今日は晴れ。
 すっごくいいお天気。あいかわらず神の目はよく見える。
 最近はずっと晴れ。
 水が乾いてしまうくらい晴れ。
 世界のどこかでは干ばつが起きてるって大人達が言っていた。
 歯をみがいている時に水を出しっぱなしにしていたら、
「水は大切に使いなさい」って怒られた。
 でも、怒られたって僕はそんなことは気にしないんだ。
 だってこれから友達と遊ぶんだもん。







 今日は曇り。
 お日様は雲に隠れて全く見えない。
 それでも神の目はよく見える。
 最近はお日様が出ないせいか、毎日すっごく寒い。
 世界で動植物が次々と死んでいるって大人達は言っていた。
 大人達の話を聞くと、何でだろう……怖くなるんだ。
 でもきっと大丈夫。
 だって僕達の世界は神様が見ているんだもん。







 今日も曇り。
 やっぱり神の目はよく見える。
 最近は怖いニュースばかり流れている。
 世界では異常現象が起きているって大人達は言っていた。
 だから僕は空を見たんだ。神様にお願いしようって。
 みんなも同じように空を見上げていたんだ。
 そしたらね……たくさんの流れ星が降ってきたんだよ。
 早く願いごとを言わなくちゃ。みんなで願えば叶うよね?
「怖いことがなくなりますように」って。
 だけれどね、どうしてだろう。
 ……今が1番怖いんだ。







 今日も曇り。
 鉛色の雲が空を覆っている。
「あぁ、また壊れてしまった」
 窓の外を眺めていた僕の後ろで、ため息交じりの声が聞こえた。
「残念でしたね」
「どうにも上手くいかないな」
 僕の声が聞こえているのかいないのか、男はドーム型の機械から顔を離し渋々ながら機械をいじり始める。
「次はどのような世界を作ろうか」
 その浮かんでいるのは、楽しそうな笑み。
 僕は満足そうに笑う男に背を向け、部屋を出た。




「……はぁ」
 毎日同じ色の空。
 僕は青空なんてものを知らない。
 知っているのは、この鉛色の空だけ。
「一体どこが楽しいんだ」
 言葉と共に吐きだした息は白く、そしてすぐに消えた。
『パンドラの箱』
 それはあのドーム型の機械の名。
 それは、閉ざされたこの世界に希望を与える機械の名。
 未来を見つけるためのそれは、過去を知るために。
 過去を伝えるためのそれは、未来を探すために。
 何よりも、今を変えるために。
 だが希望を与えるはずだった箱は絶望を刻み、やがて諦めを知った人々は神を気取るようになった。
「バカバカしい」
 僕はもう1度、心の中に溜まっているものを吐きだした。
 ドーム型のシェルターに護られた街。
 1歩外に出れば生命の存在しない極寒の死の大地。
 この世界だって、あの世界と何1つ変わらない。
 まるで誰かに監視されているかのような── 閉じられた箱庭の世界。




 だが──




「本当に、絶望しか残っていないのか……?」




 だって言うだろう?
 箱に残っていたのは希望だったって。
 ……それなら……
「箱に残っているのは……」
 僕は鉛色の空を睨んだ。
 例え、この世界が誰かに見られていようとも構わない。
 誰もが諦めてしまっていても構わない。
 僕は諦めない── それだけ。
 僕は僕の道を行く。
 それだけだから……。




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